思ってもみないことばかり。

40代で父親に。ボケ、大喜利、『思ってもみないこと』を書きつづっております。

妊婦は浴槽で、滑るべからず。


妊婦である妻が浴槽に入るときにすべらないようにする『滑り止めマット』を購入して敷いている。
おかげで浴槽内ですべらなくなったが、二重の滑り止め対策として妻が浴槽内に入る前に私自身が肩を貸して滑り止めになるべく声をかけて欲しい、ということを伝えたのだが、呼ばれていくとすでに浴槽に浸かっていることばかりだ。なんでも「浴槽に浸かる前にシャワーをかけるために立つとのことで、そのままバスタブにつかっちゃえ」とのことらしい。
これが続くなら、「もう浴槽で滑らないことは神頼みしかなくなってしまうのでどの祭壇を買ってこようかな」などと考える前に、もう妻が脱衣所から浴室に入ったら私も脱衣所で待ち構えているのが最善策だということに気づく。
次からは、妻がお風呂に行くタイミングできちんとついていけるように、私が心構えておかなくてはいけないことはないのか。

厳かな雰囲気、である。
妻が浴室に入るまで、それは「主君と家来の関係性であれ」と言える。
妻が歌番組を観ている中、Little Glee Monsterを見たあとに風呂に入りたいのなら、立ち膝をついてうつむき加減で彼女たちが歌い終わるのを待つ。
次のアーティストに移ったとき、妻はアゴに手を添え小さくうなづき、ゆっくりと浴室に向かうはずだ。あとは、そこできっちり後ろを同じペース同じ歩幅でついて行く。
その間に起こる儀式的な空気感の中で確実に事を成すことが、今まで私が起こした『スマホをいじりっぱなしでいつの間にか妻が浴室に入っている』という間違いが起こらないやり方なのだ。

かかあ天下、という言葉がある。
今の時代ではあまり使われない言葉だが、この言葉通り、ここぞというときキチンとした作法で殿と家来になり切れるのなら、家のトラブルは格段に減るのかもしれない。