思ってもみないことばかり。

「ほめる、認める、肯定する。」をモットーに、何もないおっさんになった自分が大喜利や日々のことを書きつづることこで変化していくさまを記録するブログ

『カロリー』

 
知らなくて良いことというのは世の中にはある。
それは、カロリー値のことだ。
なぜ、日本政府がカロリー値を商品に記載するようにしたのかはオイラにはわからないが、そんなものを表示することになったおかげで、好きなものを好きなときに、好きなだけ食べる、というような子どものころ描いた一つの夢が、今、闇に葬られようとしている。
一日の目安のカロリー値というのが出ていると思うが、それを意識した日にはもう、ちょっとマックの倍バーガーを食べようとすると「あ、カロリーとりすぎになっちゃうからレタスをとってカロリー減らすか・・・」と店が食べてほしい状態のハンバーガーを食べられなくなるのである。
 
ただ、こう躊躇してしまうのも、オイラが日本人であることが大いに影響していると思われる。
だいたいの日本人はカロリー値に気をつけ、基準が決まればそれに従うというところがあるが、アメリカ人はカロリー値がわかろうがなんだろうが、2リットルコーラを片手にビッグマックを日々食べているのだろう。海外で「人になんと思われようが、私は私」と某テニスプレイヤーが人気が出るのもわかる。
 
そして、近々公開されるディズニー映画は、恰幅の良い女の子が主人公らしく「太っている=不健康、キレイではない」という価値観を変える方向みたいで、「私は私」の他に、「そんな私に価値があるから太ってても好きになってね」という、『のび太は弱虫だけどちょっとした勇気etcで、なぜがしずかちゃんは好意を持ち二人が結婚する』くらいのご都合主義な考えを拡大さえようというのだとしたら、その価値観は危険だ。
現実の我々に根付いた、『カッコいいかわいい』という見た目で人を判断する部分は鉛筆で書いたものを消しゴムで消すように消えてなくなるわけではない。どちらかというと、ボールペンで書かれたものを一生懸命フリクションボールペンの後ろで消そうとするようなことのほうが近いだろう。
 
しかし思うのは、さすがはアメリカはNo.1の国。『北風と太陽』の北風役をやっても、旅人の洋服をぶっ飛ばして話を終わらせてしまうような、既存の価値観すら変えようとする剛腕を感じ取れる。
果たして、本能に基づいているように思われる価値観をアメリカ様は近い将来ぶっ飛ばしてくれるのだろうか。
 
話をハンバーガーに戻すが、オイラとしては次の新たなビッグマックの発表はぜひガッカリさせてほしい。
肉を小さくしてパンもボソボソで価格は倍などであれば、もう、振り返らないで前を向いて歩ける。付き合ってたときはかっこよく見えても、一度別れる意思を決めたらその人を客観的に見られるようなものだ。
あとは、いままでマックばかりが視界に入っていて気にも留めていなかったはずのケンタッキーの前を通り過ぎれるかどうかが、オイラが一日のカロリー摂取目安量を維持できるかのカギなのである。