思ってもみないことばかり。

「ほめる、認める、肯定する。」をモットーに、何もないおっさんになった自分が大喜利や日々のことを書きつづることこで変化していくさまを記録するブログ

『海』

 
地球の大部分を占める広大な海に、手紙を入れた便箋を流してみたい。
異国の少女との心の通ったやりとり。憧れる。その少女もまた、若くて知的なイケメンを思い描いて、便せんを海に流す。たとえそのイメージに遠くてもオイラはその少女の出した便せんを受け取りたい。
世の中には無数の人間がいて、キャンプファイアーの周りで口に手を当てたりして踊っている人たちや、人里離れた山の上で霞を食べて暮らしている人もいるのかもしれないが、どこかに「発泡酒はイオンのPB『バーリアル』しか飲まない!」と偏執的なオイラのことを理解してくれる人もいるだろう。
 
海を眺めていると、その存在の大きさゆえに小さいことを忘れてしまうということがあるというが、オイラもその気持ちはわかる。
誰がトイレの水流してないだとか、鼻の角栓を爪でしぼってみたことだとか、ティッシュをポケットに入れたまま洗濯に出したこととか、そんなのはどうでも良いことなのである。
映画でよく見る「海辺から奥に入って行って死のうとする人」なんて絶対途中で苦しくなって二、三歩後退りするはずだ、と思っていたが、もう全てが気にすることもない小さいことになってしまえば、海の中でおしっこしながら、それを口にして「やっぱり糖尿病のおしっこは甘い」なんて思いながらでも死ねるのかもしれない。
結局、全ては海に帰る。
 
天文学的な確率の奇跡で、少女が出した便箋が海辺に届いたら、その少女に会いに行きたいものだ。
え、おっさんが行ったらイメージとの違いにガッカリされるって?
大丈夫、きっと相手も少女なのは心だけで、外見はオイラと大差ないはずさ。
海を見ている間のオイラは、そんなことは気にならないのである。