思ってもみないことばかり。

「ほめる、認める、肯定する。」をモットーに、何もないおっさんになった自分が大喜利や日々のことを書きつづることこで変化していくさまを記録するブログ

『準備』


学生時代、学校祭の準備が楽しかった人は、そのままその道を歩めば良い。
オイラは別の道を行く。

準備をしている方が楽しい、なんて話があるが、しなくてはいい準備はしないでおくにこしたことはない。死ぬ前の終活をしない人が多いのはこのためだ。
人間、なんにも準備無しで行き当たりばったりですべてがうまくいく、そんなジェットコースター的人生であれば、それは爽快なことだろう。
しかし、物事は準備9割、と言われており、準備をしないで物事にあたると慌てるし、ミスが多くなるのは常識となっており、だいたいどんな仕事でも計画を練ることになっている。
面倒と思うか、楽しくやれるかはその人次第だが、絶対に準備には邪魔をする魔物がやってくる。

それは、「風呂に入れ!」という常識的考え方、である。
せっかく集中して明日のサプライズ誕生会の企画の大詰めをしているのに、「風呂に入れ」という意識がまん延してくるタイミングがある。
あと少しなのに、それが、集中力を切らす。
それは汗臭さであり、脂ぎった顔を見たときであり、フケが落ちた時であり、それがその企画会議に水を差す。
登山の準備をしているときもそうだ。夜遅くにコンパスやら、シュラフやらを押し入れから引っ張り出そうとしてるときに、「もう遅いんだから、風呂に入っとけ!」という意識がチラリと頭をかすめる。それだけで、準備途中でも風呂に入ることになり、準備が完了しない。結果、寝不足で山に登ることになる。
ちなみに、オイラの場合いつも準備をするのは『どこまでギリギリにできるか』との闘いでもある。

いくら万全の準備をしても「あ、たけのこ生えてるからここで少し取っていこう」と、急に来る衝動で予定変更することも、多いことだろう。
なので、準備というのは準備が終わったところで一つの完成なのであり、楽しめる人はそれ自体を楽しめば良い。
別の道を行くオイラは、これまでと変わらず行き当たりばったりで高速で走るトロッコを右左に操作するかのように生きていくことにする。